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動物園へ行こう!part2 恩賜上野動物園 <2001.7>
 さて、今年も夏がやって参りました。PetComNetの夏と言えば動物園です。今年は東京のオアシス、上野動物園へ行ってみましょう。上野動物園は119年という歴史のある動物園。そして、みんなも大好きなパンダの動物園ですね。ハトにぶつからないように気を付けて、さぁ、行ってみよう!
INDEX
1)まずは上野動物園の歴史から
2)ゾウさんだっ!
3)夏の北極圏?
4)両生類爬虫類館
まずは上野動物園の歴史から
 おっと、その前に、ちょっとだけ動物園についてのお勉強。近代動物園の始まりは、オーストラリアのウイーンで、神聖ローマ帝国皇帝フランシス一世がシエンブルン宮殿に作った動物コレクションを、1765年、ジョセフ二世が一般公開した「シエンブルン動物園」といわれています。動物園を「動物園」という呼び方で最初に日本に紹介したのは福沢諭吉先生、慶応2年に出版された『西洋事情』においてです。英語のZooという言葉は、もともと「The Garden and Menagerie of the Zoological Society of London」であり、ロンドン動物園を指す固有名詞でした。それが「The Zoological」となり、子どもたちによって「Zoo」と省略され、それが動物園を指す普通名詞になりました。
 日本の動物園は上野動物園が最初。1882年(明治15年)、博物館と共に開館しました。動物園は農商務省博物局の所管で、博物館に付随する施設でした。その後、宮内省の所管となり、上野動物園が東京都の所管となったのは1924年(大正13年)。1931年(昭和6年)に日本初のサル山が登場し、1932年には園内に日本初の動物病院ができました。第二次世界大戦では、動物たちが犠牲になるという悲劇も。1951年(昭和26年)、不忍池端に水上動物園(現在の西園)開園。1952年(昭和27年)には、日本初の本格的閉鎖循環式海水水族館が開園しました。1957年(昭和32年)、日本初、世界で2番目のモノレールが運行開始。1972年(昭和47年)、中国からパンダの「カンカン」と「ランラン」がやって来ました。
↑上野動物園の正門。でっかい“クサゴリラクン”(?)が迎えてくれる。
なにがなんでもパンダでしょ!
 上野動物園へ来たら、なにがなんでもパンダですね。現在、上野のパンダはオスの「リンリン」一頭です。リンリンは1985年9月5日生まれの15歳。1992年、北京動物園から上野にやって来ました。今年1月~4月、メキシコのチャプルテペック動物園へ、繁殖のため出張してきました。3頭のメスとお見合いをしましたが、自然繁殖は失敗。しかし、人工受精が試みられ、もうじき結果がわかります。ドキドキ。
↑お昼寝中のリンリン。
上野動物園のパンダの歴史
  • 1972年10月28日、オスの「カンカン」とメスの「ランラン」が、日中国交正常化を記念して中国から贈られ、特別機で日本に到着し、パトカーの先導で上野に運ばれました。11月5日から一般公開され、長蛇の列ができました。
  • 1979年9月4日、妊娠中毒で「ランラン」が亡くなってしまいました。体内から胎児が見つかったそうです。
  • 1980年1月29日、メスの「ホァンホァン」がやって来ました。しかし、6月30日、今度はオスの「カンカン」が、心不全のため亡くなってしまいました。
  • 1982年11月9日、「カンカン」が亡くなったことと日中国交正常化10周年を記念して、オスの「フェイフェイ」がやって来ました。
  • 1985年6月27日、上野のパンダの初めての赤ちゃん「チュチュ」が生まれました。しかし、胸部挫傷で43時間後には亡くなってしまいました。
  • 1986年6月1日、「トントン」が誕生。12月16日から一般公開されました。
  • 1988年6月23日、「ユウユウ」が誕生。12月24日から一般公開されました。
  • 1992年、上野動物園の「ユウユウ」と北京動物園の「リンリン」が、日中国交正常化20周年を記念して交換され、11月5日、「リンリン」が上野に到着、11月13日、「ユウユウ」が北京へと旅立ちました。
  • 1994年12月14日、「フェイフェイ」が老衰で亡くなりました。死亡時の推定年齢は27歳で、飼育下では5番目の長寿記録です。
  • 1997年9月21日、「ホァンホァン」が腎不全で亡くなりました。死亡時の推定年齢は25歳。上野では17年8ヶ月もの間、みんなを楽しませてくれました。
  • 1200年7月8日、「トントン」が癌で亡くなりました。
パンダってどんな動物?
 ジャイアントパンダはネコ目パンダ科。(クマ科に分類されることもあります。)学名「Ailuropoda melanoleuca」。中国での名称は「大熊猫」です。体長120~150センチ、体重75~160キロと、ホッソリタイプからデップリタイプまで様々。中国の高山に住み、群を作らず単独生活をします。
 主食は竹。しかし、草食動物と違ってパンダの消化管は肉食動物と同じ単純な構造をしています。そこで、食べ物の消化吸収を短時間で行い、摂取量を増やすことで必要なエネルギーを得ているのです。パンダは一日の半分以上を食べることに費やします。そして、休息を長く、移動を少なく、食べること以外はできるだけ何もせず、エネルギーの消費を少なくしています。
 パンダのメスが初めて妊娠するのは5歳から6歳で、妊娠期間は120日くらい。生まれてすぐの赤ちゃんは60~170グラムと母親の約900分の1という超未熟児状態。一回の出産で生まれる赤ちゃんは1頭か2頭で、2頭生まれた場合でも、ほとんどの場合、母親はどちらか1頭しか育てません。新生児の死亡率は44%で、母親から独立できる1歳半まで生き延びることができるのは、生まれた赤ちゃんの3分の1程度という低い繁殖成功率なのです。
 人間が出現する300万年以上前から生き残ってきたパンダを、絶滅の危機に追いやったのは人間です。彼らの生息地は、ほとんど人間に奪われてしまい、今では中国のごく一部にしか生息していません。野生でのパンダの生息数は約1000頭。そのうち60%くらいが中国の保護区に生息しています。パンダを絶滅させるのも、危機から救うのも、私たち人間のこれからの生き方にかかっているのでしょう。
←リンリンに見られている人間。
レッサーパンダ
 レッサーパンダもジャイアントパンダと同じネコ目パンダ科。(アライグマ科に分類されることもあります。)体長は50~60センチくらい。中央アジアの高山に住み、竹や木の実を食べますが、小動物も食べます。人間に生活の場を奪われたため、生息数が減っています。日中は寝ていることが多いですが、朝と夕方には動いているレッサーパンダくんが見られるかも。
↑寝ている姿も超ラブリー♥
↑起きてる姿も超ラブリー♥
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